11月酉の市。熊手で商売繁盛、開運招福を願う関東三大酉の市を紹介

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関東三大酉の市へ行こう 11月の風物詩酉の市とは? 年中行事と歳時記

11月に入ると、「今年は何の酉まである?」とか、「酉の日はいつ?」なんて言葉を耳にします。
酉の市は、正月の始まりを告げる風物詩です。
新年の商売繁盛・開運招福を願って、酉の市へ行ってみましょう。

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酉の市とは?

酉の市とは、11月の酉の日に市が立つことから呼ばれています。
主に関東地方で行われる、商売繁盛・開運招福を願う祭りで、鷲神社や、酉にまつわる寺で行われている年中行事です。

酉の市はいつ?

2023年は11月11日(土)が一の酉、11月23日(木)が二の酉です。

話す男の子

三の酉まである年は火事が多い、と聞いたことがあります。

話す若い女性

暦には、干支が日にちに割り当てられていて、酉の日は12日おきに巡ってきます。
そのため、酉の日が2回の年と3回巡ってくる年とがあります。

「宵に鳴かぬ鶏が鳴くと火事が出る」という昔からの言葉があります。
乾燥する季節、火事に気をつけようという、戒めでもあります。
一般的には、11月最初の一の酉が重んじられています。

酉の市の縁起物

酉の市は、正月を迎えるための最初の祭りです。
縁起物の熊手・熊手守りのほか、八つ頭(里芋)や黄金餅(粟餅)、切り山椒などのお菓子が売られます。

酉の市の縁起物・熊手

酉の市の縁起物として有名なのが熊手。
お正月に飾られているのを目にする人も多いと思います。
見た目にも、縁起が良さそうなおめでたい飾りが沢山ついています。
しかし、なぜ、酉の市に熊手が販売されるようになったのでしょうか?その由来を見ていきましょう。

熊手がなぜ縁起物に?

熊手は、商売繁盛と開運招福を願う縁起物で、人気があります。
農具である熊手が落ち葉などをかき集める様子から、運や金銀をかき集める縁起物になったようです。

もともと農家の収穫祭でもあった酉の市では、農具や農産物を売る店も出ていました。
そのなかに、熊手も売っていて実用的な農具としての熊手から、縁起熊手へと変化していきました。

また、鷲神社にゆかりの鷲が、爪でしっかり獲物を捕らえる様子から、運を鷲づかみにすると言われ、鷲の爪と熊手の形から縁起物へと変化したとも言われています。

話す若い女性

熊手には、
七福神や松竹梅、大判小判、打出の小づち、鯛、米俵などの縁起物が飾られます
時代とともに飾りも変化しています。

話す男の子

熊手は誰でも買えるのかな?
どうやって買えばいいのだろう・・・

話す若い女性

熊手を購入する時は、「毎年一回り大きいものに買い替えるのが良い」といいます。
最初は小さいものから買うのがオススメです。
値段の書かれていない熊手もあり、お店の人との会話を楽しむ買い方です。
値切れば値切るほど、縁起が良いとも言われています。
そして値切った分の金額は「ご祝儀」としてお店の人に渡すという粋な買い方です。

露店で売られる熊手とは別に、神社や寺院が独自に授与する、
「熊手守・かんざし守」などと言われるものがあります。
これは、竹でできた熊手に、稲穂がつけてあり、そのほか各社独自の飾り物がつけてあったりします。

大國魂神社熊手守り

その他の縁起物

収穫祭りの一つでもあった、酉の市。
そこでは、大きな里芋である「八つ頭」や、粟で作った黄金色の「黄金餅」などが縁起物として売られていました。

八つ頭
一つの芽から沢山の芋が出るため、子宝に恵まれるとされた。
「唐の芋」として、昔は蒸して笹に通して売られた。
「頭の芋」とも呼ばれ、食べると人の頭に立つと言われ、名物になっていた。
黄金餅
粟餅のこと。
黄色で小判の形にも似ていたことから、黄金持ちに通じるとして、縁起が良いとされた。
明治のころには、黄金餅ではなく、色餅として白・赤・緑の切り餅へと変化した。
切山椒
べったら市でも販売されている、商売がうまく回るようにとの縁起物の餅菓子。
山椒・砂糖・上新粉で作られている。
山椒は花も実も葉も樹皮も全て使えるため、すべてを活用できる→商売がうまく回るとされた。
火の用心の意味を込め、拍子木の形で魔除けの白・桃色・緑・紫・茶の5色が使われています。

 

酉の市といえば名物

 

酉の市の由来について

酉の市は、江戸時代から続く年中行事です。
松尾芭蕉の弟子・其角が「春を待つ事のはじめや酉の市」と詠んだ句があり、正月を迎える最初の祭りにあたります。そんな酉の市は、いつから始まってどのように広がっていったのでしょうか?
神社と寺院の両方で酉の市が行われていることに、違いはあるのでしょうか?

神社で行なう酉の市の由来

浅草の鷲神社では、日本武尊が戦勝のお礼参りをしたのが、11月の酉の日だったとされ、その時に神社の松の木に武具となる熊手を立てかけたことが、酉の市の熊手が縁起物になったといわれています。
そして日本武尊が亡くなった時も、11月の酉の日であり、その日に大酉祭を行い、そこに市がたつようになったとも言われています。

仏教由来の寺院の酉の市

鎌倉時代、文永2年(1265年)に日蓮上人が上総国に滞在していた際、国家平安を願っていたところ、11月の酉の日に鷲妙見大菩薩が現れたと言われます。
七曜(しちょう)の冠を頂き、宝剣をかざして鷲の背に立った姿をしていたことから、
「鷲大明神」「おとりさま」などと呼ばれました。
鷲大明神は、鷲の背中に乗ったお釈迦様と言われ、11月の酉の日に、鷲妙見大菩薩の御開帳が行われ、祈祷などを行い、市も立つようになりました。

農民たちの収穫祭から始まった酉の市

足立区にある、大鷲神社が酉の市の発祥の地と言われています。
江戸時代には、農民たちが鷲大明神に感謝をする収穫祭を行っていました。
鷲大明神に鶏を奉納し、祭りが終わるとその鶏は、浅草寺まで運び、観音堂の前に放していました。

その後、鷲妙見大菩薩は浅草の長國寺に移されます。
浅草は吉原も近かったこともあり、浅草の酉の市は賑わうようになり、熊手はより大きく華やかになり、商売繁盛を願う人々で人気となっていきました。

長國寺では、縁起物の熊手とは別で、開運招福のお守りとして、
稲穂をつけた小さな竹の熊手「かっこめ熊手守り」を授与しています。

浅草では、長國寺と鷲神社の両方が、酉の市発祥の地とされています。
神社も寺院もそれぞれに由来があるので、どちらもお参りして、ご利益倍増かもしれません。

関東三大酉の市とは?

酉の市の発祥の地は、足立区の大鷲神社ということでしたが、東京では浅草の鷲神社の酉の市が有名で、様々な地域で酉の市は行われています。
その中でも、関東酉の市の三大神社と呼ばれる場所をご紹介します。

鷲神社・長國寺 東京都台東区

鷲神社と長國寺は隣同士で、両方合わせて浅草酉の市と呼ばれます。
日本最大級と言われ、多くの参拝者と出店で賑わいます。

酉の日の午前0時に一番太鼓が鳴り、祭りの始まりを告げます。

鷲神社
鷲の面を被った鷲舞ひが行われ、邪気を払います。天日鷲命(あめのひわしのみこと)と、日本武尊(やまとたけるのみこと)が祀られていて、おとりさまの通称としても親しまれています。
長國寺
鷲妙見大菩薩が安置されていて、11月の酉の日に、御開帳の法要があります。
切り山椒と八つ頭は、浅草の酉の市で、販売されているのを見かけます。

鷲神社酉の市の様子 長國寺酉の市の様子

 

花園神社 東京都新宿区

大鳥神社を境内に祀っている花園神社は、芸能浅間神社もあり、芸能の神様としても有名です。
明治に入ってから、酉の市が行われるようになった場所で、浅草と並ぶ賑わいがあります。
露店のほか、見世物小屋も設置されるのが特徴です。
酉の市の前日には、前夜祭があり、二日間にわたって提灯が並び出店で賑わいます。

花園神社酉の市

大國魂神社 東京都府中市

大國魂神社の酉の市は、境内にある大鷲神社の酉の市として行われます。
武蔵野国の総社として、1900年以上の歴史を持つ大國魂神社。
「くらやみ祭り」や「すもも祭り」など、歴史ある大きな行事も沢山あります。

敷地面積が広く、東京都内の大鳥神社・鷲神社の中では最大級と言われます。
広い参道に出店が立ち並び沢山の人出がありますが、比較的落ち着いてみることができる酉の市です。

大國魂神社大鷲神社酉の市

 

大國魂神社大鷲神社酉の市の様子

まとめ

関東三大酉の市の行われる神社と、酉の市の由来についてご紹介しました。
酉の市は、深夜から早朝・昼間と一日中、参拝と熊手や出店で買いものの人たちで、賑わいます。
年末年始を迎えるための準備で、熊手の出店は商売繁盛を願い盛り上がります。
このほかでも、鷲神社ゆかりの神社では、規模は小さくても酉の市はあちこちで行われています。
埼玉県では、酉の日ではなく、12月の決まった日に各神社で行なわれますので、東京で行きそびれた方は、まだチャンスがあります。

埼玉県で行われる酉の市については、こちらの記事をどうぞ。

熊手は、小さなものも沢山売っていますので、来年の商売繁盛・開運招福を願って、出店で値切りのかけ引きなども体験しつつ、買ってみてはいかがでしょうか?

この時期の、季節の過ごし方など、二十四節気について、こちらでも紹介していますので、参考にしてくださいね。